桐生南無の会23周年記念講演会講演録
 
             (平成19年)
 
          「生かされて生きる」

 
             講師:重恩寺住職 吉田正彰師
 
 以下7月4日号掲載分
 
 六月四日、盛会の内に記念講演会を成満することが出来ました。本当に有り難うございました。
 ことあるごとに自慢話をしているのですが、本当に桐生仏教会は凄い存在であることをつくづく感じることができました。
 先日、宗教新聞であります中外日報の記者が別件で取材に来寺されました。用件は大したことではなかったので、話の大半は桐生仏教会と南無の会についての雑談になったのですが、大変驚いていました。あの様子ですと、たぶん桐生仏教会特集でもやるんじゃないかと言うほど感心してお帰りになられました。
 地元にいると当たり前と思いがちですが、他と比較することによって改めてその凄さを感じるばかりです。こんなにしっかりした土台の上で活動できることは、本当に幸せなことだと思えてなりません。
 当日会場で皆様にお願いしました能登半島地震災害並びに戦没画学生のための美術館『無言館』(信濃デッサン館)への義援金は三万八百六十二円もお寄せいただきました。お約束通りに、無言館へ一万円、北陸地震災害へ二万八百六十二円をお送りさせていただきましたことをご報告いたします。
 沢山のご喜捨に対しまして衷心よりお礼申し上げます。
 さて、記念講演会ですが、今回初めて桐生市内のご住職に講師をお願いいたしました。講師をお務め下さった重恩寺ご住職吉田正彰師には、地元での講演ということで話しにくかったかも知れませんが、大変素晴らしい一時を頂くことが出来ました。
 桐生にもこんなに凄い人が居たんだと、改めて感じることができました。
 次回からは、講演の一部をこのページに掲載させていただきますが、どの部分からを講演録にするか、悩んでいるというのが正直なところです。
 なんとか、素晴らしい講演の一端を感じていただきたいと念じています。

 以下8月4日号掲載分

 ……ご理解いただくために三っつ程に分けてお話を進めてまいりたいと思います。
 まず①としまして、仏教的な命の捉え方。②としまして、仏教では生きるということをどう理解するか。③として、仏教的なライフスタンス、生活の有りよう、仕方に触れてまいりたいと思います。
 まず仏教的な命の捉え方なんですが、ご本堂の中央が阿弥陀如来様、右の奥に善導大師様。
 善導大師というお坊さんがおります。私たち浄土門系統、念仏門のお寺ではそれなりにお飾りしてあるのですが、六一三年中国の泗州に生まれました。日本では飛鳥時代です。そして同じ念仏門の道綽というお坊さんの下で修行されました。今の西安、昔は長安といいました。そこに移住しました。光明寺というお寺に長く住しましたので、『光明寺の和尚』というような呼び名もあるようです。
 この善導大師様の人と成りなのですが、お風呂に入るとき以外は、衣を外さなかったそうであります。あとは衣を着けて生活をされていました。もう一つ、女性と接する時は、顔を落としまして女性を見なかったそうであります。凄いですね、非常に素晴らしいお坊さんであります。
 このお話をしますと、必ず意地悪な質問が返ってくるような気持ちがします『重恩寺さん、どうするんですか?女性とお話をする時には顔を落として居るんですか?』言われるんですが、綾小路きみまろさんに言わせれば、シミの一つ一つシワの一本までもきちんと見届けますと答えたいのですが、残念ながら網膜剥離を患いまして、男女の識別まではできますけれど、あとは見えませんのでどうぞご安心下さい。ですから自信を持って顔を上げて女性と接しています。
 その善導大師さんの言葉をご紹介いたします。

 以下9月4日号掲載分

 人間悤悤として衆務を営み、年命の日夜に去ること覚えず。という言葉なんです。
 『悤』これは辞書を引いても出てこないんですが、教典の中には出てまいります。忙しい様です。
 人間というのは、忙しい忙しいと言う中で、それぞれの仕事(衆務)に一生懸命になって、瞬く間に命が終わっていく存在である。それに気付かないでいる。
 このような意味合いだと思います。善導大師様の命というものを捉えての言葉であります。
 大学時代の友人が退職いたします。そうすると一杯やろうということで新宿へ出るんですが、そういう折りに、これを言いますと「そのとおり、一生懸命になって会社人間として働いて、ふっと気が付いたらアッと言う間に定年になり、厳しい年を迎えてしまった。」誰しもそう言います。これが善導大師さんの味わいですね。
 それから、お釈迦様は「人間は須臾の間」という言葉を残しています。『須臾』というのは瞬く間ということであります。人間は瞬く間に終わっていく存在である。人間の命はそう長いものではない、という意味ですね。
 私どもの宗派は、浄土真宗本願寺派と言いまして、宗祖親鸞上人の命に対する捉え方をお話ししたいと思います。
 青蓮院ここで親鸞上人は得度をするのです。九歳の時に青蓮院を訪ねまして、これから坊さんの席に連なりたいとお願いをしたのです。たまたま時間が遅かったものですから、ご住職が「明日にしよう」断ったのです。そうしましたら、親鸞上人は、九歳ですよ、その時作られた歌があります。
   明日有りと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは

 以下10月4日号掲載分

 桜の花が、一夜の風で全て散っていくように明日の自分の命は分からない、とにかく今ここで僧籍に加えて欲しいと。そういう風な願いを込めてこの歌を作られたと言われております。
 そうしましたら、ご住職が「分かりました」ということで、そこで得度の式が行われました。今でも私たちは、僧侶になる時には、その時に習って昼間はしないんです。蝋燭を立てたところで、ずうと並べられて頭を剃られます。誰も少しは頭におできがあります。それをきれいに剃られちゃうんです。頭は血だらけになっちゃいます。ちゃんと綿が用意してありまして、ポッポッポッポと別の方が綿で塞いでくれるんですが、今でもそうしております。
 やはり今日という命ですね、重みといいますか、その辺を同じように親鸞上人も捉えておられます。それから、日本仏教の基と言いますか、聖徳太子様は『急げ人』という言葉を残しておるようですね。急げ人、明日のことはようわからん。とにかくやれることはきちんと今日整えなさい。そういう意味ではないかと思います。
 蓮如さんは、やはり『明日はわからん』という言葉を残しておられます。それぞれ、今日一日、かけがえのない一日であるという捉え方ですね。これが、仏教の『いのち』というものの捉え方という風にご理解いただきます。
 次に、仏教で言う『生きる』という事の理解ですが、私たちはとかく『おのれの力で、おのれが生きている』という思いが強いと思います。私自身、若い時にはそう思っておりました。しかし仏教では『縁起により生かされる』という捉え方をいたします。
 私どもの宗派の御門主が最近『世の中安穏なれ』というものを出しまして、読んでおりましたらその中に、この縁起についてちょっと触れたところがありました。これは京都の大学の生徒さんに講義をしました。それをまとめたのがこの本なのです。ですから今の言葉で分かりやすく書いてございます。
 宗派を超えて、そして国境をも越えて、共通性があるのは縁起の教えではないでしょうか。

 以下11月4日号掲載分

 この世の全ての事柄は、合い寄り支え合って成り立つという縁起思想は、今日の環境破壊、武力紛争など、人間だけでなく様々の命が損なわれているという事柄を見つめ直す視点を与えているように思えます。
 私という存在は、計り知れない多くの条件が整って生きています。私たちは、生かされて生きていると表現します。その条件の一つでも変われば病気になったり、仕事が出来なくなったりします。
 ここに、まさに生かされて生きる、という表現がでてまいります。縁起思想の中で私たちは合い寄りて、と書いてあるんですが、助け合ってという風に理解していただいても良いと思います。お互いに助け合って、支え合って生きていると、そういう風な捉え方であります。
 これが仏教の「生きる」という味わい方なんですが、中央にお飾りしてあるのが阿弥陀如来様であります。浄土門のご本尊でありますが、この阿弥陀仏を理解するときに、光明無量、寿命無量ということで解釈されて、各宗それぞれそれなりの教えが説かれていると思いますが、私が、いつ聞いたか定かではないのですが、耳にしました阿弥陀如来様の解釈がありますので、ここでお話ししてみたいと思います。
 インドの言葉で「アミータ」というのがあります。この「アミータ」は、計り知れない力という意味だそうです。それでは、その計り知れない力を、どういうところに使ったかですが、宇宙の働き、自然の働き、大きくはね。小さくは私どもの五臓六腑の働き、それから細胞分裂、そこまでですねアミータという言葉で味わったようであります。
 私、今ここでお話しさせていただいておりますが、私の心臓がちょっと赤旗を振ればもう話せません。終わりであります。私の五臓六腑、そして細胞分裂に至るまで、そういうものがきちんと働いていてくれるお陰で、私は今ここでお話をさせていただいていることが出来るわけです。
 私が心臓を動かすことも、胃を動かすことも、何も出来ません。それぞれの臓器が、それぞれ働いてくれているわけです。

 以下12月4日号掲載分

 そのへんの働きを『アミータ』という言葉で表現したようであります。計り知れない力、そしてその計り知れない力の仏として阿弥陀仏、その仏に帰命すると言うことで南無阿弥陀仏そのような展開があるという話を聞いたことがあります。まさにそういうものによって自分は生かされているという受け止め方であります。
 先だって五木寛之さんがテレビで韓国を訪れて、韓国のお寺さんと命について話し合う場面がありまして、私見ておりました。五木さんの命に対しての質問に、韓国のお坊さんの答えはこんなものだったと思います。『今日一日の重みを感じて生きること、お互いに相手により自分の存在があると、即ち縁起によって生かされていることに気付くことが大切だ』と、子ども達の自殺も含めまして、命のことは話しておったのですが、こんな事を言っておられました。
 ところで、今日の私たちはどうなんでしょう、読売新聞に出ていたのですが、世界価値観調査というものがあるそうです。その中で、周囲と助け合うことが大切である、ということに関して調査しましたところ、大切だと答えた方が十八カ国中十七番目。以前は日本人は優しくて、とにかく親切で、という評価がどこに行っても聞かれたのですが、今の調査ではこんな事になってしまうのです。人は支え合って、共々に生かされているということが理解されていないようです。
 それと、人の絆が寂しいものになりました。家庭においても、どこにおいてもそうであります。そういう中で昨年はずいぶん続きました、親が子を殺し、子が親を殺し、夫は妻を殺し、妻は夫を殺すという、毎日のように恐ろしい記事が、実に大変な時代になってしまったというんですが、私はこんな思いがいたします。毎日国内の恐ろしいニュースが入ります、外国からはテロの恐ろしいニュースが入ります。

 以下H20年2月4日号掲載分

たくさんの人が亡くなってゆきます。そういう報道に対して私たちは、情報処理能力に限界があるのではないかと私は思うのです。
 毎日それがテレビや新聞で重なりますと、だんだん分からなくなって、脳の回線が壊れてしまって、人の死に対して不感症になってしまったんではないかと、と言う気がします。
 だから大きな事件が起こりますと、三日前には大きな事件であったはずが、すぐ忘れてしまいます。もう処理できなくなってしまいます。
そんな感じが最近しています。皆さんはどうでしょうか。
 そういう時代背景の中で、昨年は子ども達の自殺が大変続きました。文部科学省・法務省双方とも大慌てであります。私は人権擁護の仕事をさせていただいています。人権擁護の方でもやはり大慌てで、なんとかこの子ども達を救う方法はないかと言うことで、SOSミニレターなるものを作りました。
 小学校・中学校の生徒さん達に手紙を配って、いじめ・自殺、そういうものに関して何か悩みがあったときに必ずこれを送って下さいと、むろん無料であります。そういう手紙を全部に配りました。
 これは大変な作業だったのですけれども、桐生市もみどり市も、教育長さんを始め教育委員会、そして校長会、先生方が全面的に協力をしてくださいまして、その作業が無事に終わりました。
 配ったものは、やはりそれなりに子どもさんから来ます。私も何通か読みましたけれども、中には、正直言って『死にたい』という文言が見受けられることもあります。ですから、それに対応することは非常に難しいのです。
 専門の委員がおりまして、素晴らしい回答を子どもさんに送っています。

 以下H20年3月4日号掲載分

 その仕事をする中で感じたことなんですが、なぜ子ども達はすぐ自殺をしてしまうんですかね。
 ある先生が話してくれました。小学校・中学校生を対象に調査したそうであります。子ども達に『死んだらどうなるの?』こんな質問だと思います。回答、驚きますよ。30%の子どもさんが「すぐ生き返る」そういう回答だったそうです。
 どうしてでしょうね?ゲームです。恐らく。リセットボタンを押しますと、前のゲームで死んだはずのキャラクターがまた生き返っています。そんなことを繰り返す中で、そうなってしまったのかなという感じがします。
 それと、私は僧侶だから感じるのですが、私が小さいときには、お爺ちゃんお婆ちゃんが亡くなる時には、それなりに厳しい状況で、自宅で亡くなっていきますよね。
 苦しい表情も見ます。家族の人たちも皆悲しみます。ところが今は、自宅で亡くなるのは12%、88%は病院で亡くなります。ですから、その厳しいところに、あまり子どもは接する機会がありません。昔と違って今は、痛ければモルヒネを打ったりしますから。
 そして、斎場に参りましても、桐生は特にそうですが、私たちが拾うときにはきれいなお骨になって、昔はそうでなかったですよね。
 出したときには、非常に厳しい。子どもでも『わっ』て思う。今はそういう機会がない。ですから、死に接するといいましょうか、死に対する認識が無いですね。そういう中で、簡単に友人を傷つけたり、あるいは自分の命を終わらせているんではないかと、そんな感じが致します。
 先ほど話しました善導大師さんのお師匠さんの、導綽禅師という方が残した有名な言葉があります。「先に生まれるものは後を導き、後に生まれるものは先を弔う」こんな言葉です。
 私たちは、子ども達に命の尊さ、亡くなることの厳しさ、その辺のところを、やはりきちんと教えていかなくてはなりませんね。家庭でそれがされることが一番手っ取り早いことではないかと思います。

 以下H20年4月4日号掲載分

子ども達にきちんと、死の理解を持ってもらわないと困ると思います。
 そんな訳で、今申し上げてきた2番目の『私たちが生きる』ということは、縁起の法則の中で『生かされる』と仏教では捉えると、コレをまず頭に置いてもらいたいと思います。
 次は、仏教的なライフスタンスと言うことですが、私事でありますが来年は古希となります。私の友人も、同級生もここにおいで下さっているのだけれども、私は早生まれですから来年ですけれど、もうなっちゃっている方もおられます。そして、この数年ですけれども、小学校・中学校・大学と、本当の親友を5人アット言う間に失いました。正直応えました。きついですよね、友人の訃報を聞いて、飛んできます。そうしたら「吉田さん、お坊さんなんでしょ?住職としてお葬式してあげて。」
 お通夜に臨みますよね。坊さんですから必ずお説教しますよ。ところがお説教にならない。涙が出ちゃって、同じ時代を共有した友人が横たわっていて、お説教できないですね。本当に厳しかったんですが、その中でつくづく感じますことは、自分はこれからどんなライフスタンスで与えられた余命を過ごしていこうかなと、
これが大きなテーマになりました。
 11回目に松原哲明師がこの記念公演をしてくださいました。その時来てくださった方も沢山いらっしゃると思いますが・・・・・
【この続きは録音テープでお聞き下さい。】

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